牡丹社事件 マブイの行方ー日本と台湾、それぞれの和解 2019/5/20 平野久美子
ノンフィクションに、こういう形があるんだなぁ、と。
ノンフィクションというとどうしても比較的最近の事件とか、まだ決着をみていないちょっと前の事件とかを題材にすることが多いと思う。どこどこで起こった殺人事件とかほとんど報道されなかった裁判の話とか、そのときは聞けなかった政治家の話とか。
だけど本作は違う。事件そのものは1871年に起こっている。150年前の事件だ。事件そのものではなく、その事件の真実を求め、互いが許し合う台湾・日本双方の努力の過程がノンフィクションで描かれている。
琉球の宮古島島民、台湾の排湾族が事件の当事者であり(どちらも二重にマイノリティだ)、明治維新後の日本が対外拡張を始める契機にもなった事件だ。ある意味、琉球(と北海道)は最初の日本の「植民地」であり、台湾がその流れの中で続いて植民地となっていったわけだ。台湾で「八瑤灣事件」と呼ばれるこの排湾族による琉球からの遭難民への虐殺を口実に、日本は清との琉球の所属問題を一気に解決して琉球処分へと進む。そして台湾出兵への道筋をひいた。僕自身、歴史的にものすごく重要な事件のわりに知っていたことはあまりに少なかったし、この事件を今も自分たちの祖先のものとして向かい合っている人たちが日本台湾双方にいることもぜんぜん理解していなかった。
ちなみに台湾では近年、もともと古くから台湾に居住していた「原住民」の権利回復が図られ、特に台湾の独立性を強調する民進党政権が誕生してから学校教科書でも原住民の歴史文化や、日本統治以前の台湾についての理解を深めようという動きがとても活発になっている。原住民のミュージシャンが活躍したり、書籍や映画、ドラマが続々と誕生している。霧社事件を題材にした映画「セデック・バレ』 (原題:賽德克·巴萊)は2011年の上映。ちょうど現在(2021年9月)も「斯卡羅」という日本統治前を舞台にしたドラマが台湾で絶賛放映中だ。
台湾は日本にとってもっとも身近な外国のひとつだと思うけど、その台湾の現代につながる歴史を学ぶことはとても意義のあることだと思う。台湾の人々にとって日本統治前後の歴史を学ぶことはそのまま自らのアイデンティティを探ることなわけで、その歴史にもっとも深く関与した日本人も台湾に呼応する形で学んでいくのはともて大切だと思う。
本作は牡丹社事件という複雑な歴史を扱いながら、平易な文章で、ノンフィクションならでは語りの進め方をもちいてすごく読みやすい。おすすめです。
台湾ドラマ「斯卡羅」https://www.youtube.com/watch?v=pFv2qsptfH0
原作者へのインタビューhttps://www.youtube.com/watch?v=zdZYhnBXinA
台湾原住民ミュージシャン「阿爆」https://www.youtube.com/watch?v=4cAp_IdqOuM