石垣島から所想所説、徒然なるままに

沖縄・石垣島の話題を中心に、石垣島から見えること、思うことを徒然に。好きな映画のレビューや、自分が難儀しているアトピーの話題なんかも。

図書館の神様 瀬尾まいこ 2003年 マガジンハウス

 食わず嫌いってわけじゃないんだが、読んでなかったんだよね、瀬尾さん。
2021年にこの作品を読んだわけだけど、ほとんど同世代の瀬尾さんが2003年にこういう作品を書いている。自分はいったい何をしてきたんだろう? ずいぶんと時間が経ってしまったなぁ。2003年頃に瀬尾さんぐらいの洞察力と表現力と、優しいまなざしがあれば、いろんなことは違っていたのかな。
 平易な文章なのですらすら読める。良くも悪くも人物描写も淡々と書き込まれていて、なのに深く心を揺さぶられる。主人公が大きな心の挫折を経て、最後には「どうでもいい」と思っていた教師という仕事を好きになる。文芸部の垣内くんと弟の拓実がいい味を出してます。
 作中に出てくる川端康成夏目漱石山本周五郎などの日本の名作小説をもう一度読みたくなったり、未読のものを読みたくなりました。
川端康成「抒情歌」
「死人にものいいかけるとは、なんという悲しい人間の習わしでしょう」

 2020年は新型コロナで大変な一年になってしまった。東日本大震災から10年が経った。日本は、社会はなかなかつらい時代にどんどん進んで行っているように感じるけど、社会の問題も確かに大事だけど、人が朗らかに生きるのに必要なことはきっともっと身近なことなんだろうなと。
「神様のいる場所はきっとたくさんある。私を救ってくれるものもちゃんとそこにある。」
 いい作品でした。

 

図書館の神様 (ちくま文庫)

図書館の神様 (ちくま文庫)

 

 

「一帯一路」時代のASEAN――中国傾斜のなかで分裂・分断に向かうのか 出版社 : 明石書店  発売日 : 2020/1/31

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  「一帯一路」の音楽会。笑えるけど、怖ぇーよ!

 ASEAN諸国がどんどん中国の経済圏に取り込まれている、というのは日々のニュースからも知っているし、「一帯一路」が中国の経済面のみならず、軍事面でも重要な戦略を担っていることも知ってはいる。
 本作は8人の専門家による分析が2019年までのデータをもとに披露されていて、出版が2020年1月20日、よって新型コロナによる様々な影響が始まる直前に出版されたことになる。
 構成として二部に分かれており、1部が米中対立の中のASEANといういわば総論、2部が各国の(その時点での)最新状況といった内容だ。
 地政学的な分析や、政治学としての制度論・枠組みの解説などは素人には若干退屈に感じてしまう部分もあるけど、統計やデータに立脚したファクトに基づいて書かれているので読み応えは十分だ。結論から言ってしまうと、日々ニュースから感じていた冒頭の認識「どんどん中国の経済的、政治的影響下に取り込まれている」となってしまう。
 第一部のASEAN全体の問題でいえば、米中対立のなかでの立ち位置、特に南沙諸島への中国の強硬な態度に対する温度差などによるASEAN内部の分裂によって、ASEANとしての主体性が徐々に失われつつあるという点だろう。
 国連はロシアと中国の存在のせいで、ほとんど何も実効的には機能しない国際機関に成り下がってしまったが、ASEANも徐々に地域の安定に寄与できなくなっていく可能性が高い。日本人として心配になるのは、アメリカのバイデン政権が民主主義の価値を強調して、中国共産党一党独裁と対立を深める中、多くのASEAN諸国で民主主義が後退していることだ。カンボジア、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、そしてミャンマー。経済発展の段階として、いわゆる開発独裁が有効に機能する可能性が高い国ほど民主主義が後退してしまう危険性が高く、しかも中国の一帯一路と親和性が高い。発電所や港湾、高速道路など大規模なインフラ開発がその典型で、民主主義の手続きより独裁的な手法がよりスピーディに進められてしまう。
 この本のおかげで、近年の日本政府が思っていたよりASEANに対する働きかけを頑張ってきたことがわかったのだけれど、残念ながら中国の圧倒的なプレゼンスの前ではうまくいっているとは言いがたい。話題の「自由で開かれたインド太平洋」や様々な自由貿易協定がうまく功を奏すればいいのだけど。
 第二部ではカンボジアラオスベトナム、マレーシア、東ティモールと取り上げられているが、一番注目したのはミャンマーだ。コロナ以前、もちろんクーデター以前の状況をもとに分析がなされている。注目すべき点を列挙。
1.1980年代後半まで、中国はミャンマー国内の「ビルマ共産党」を支援して当時のミャンマー国軍と対立しており、その関係は極めて険悪だった。
2.1988年、ミャンマーの軍事政権が誕生後、西側諸国の制裁が始まり、中国と軍事政権が接近した。
3.軍事政権は中国への依存を深め、貿易額も投資額も増加したが、ミャンマー国内の経済は上向かなかった。天然ガス、木材、翡翠などの資源を中国に切り売りするばかりで、国営企業への重工業への投資などは時代錯誤でうまくいかず、中国への債務は膨れ上がった。(この間の軍事政権と中国の癒着はそうとうのものだったろうなぁ。)
4.2011年の民政移管後、新政権NLDは中国と距離をとり、西側諸国の投資を呼び込むようになった。しかし、軍事政権時代に建設された中国への天然ガスのパイプラインが稼働し、対中輸出は劇的に増加した。
5.ロヒンギャ問題が勃発。西側諸国がNLDを非難することで、内政不干渉を標榜する中国への接近を許してしまい、再度、中国への依存を深めつつある。
6.日本が官民挙げて支援する「ティラワSEZ」の開発が急ピッチで進み、日本企業が54社進出している(中国はわずか1社)2020年6月時点。

  こうみてくると、今回のクーデターに中国がどれくらい関与しているかはわからないけど、どちらに転んでも中国としてはダメージは少なそうだ。たぶん、軍事政権の方が、より独占的に有利にことを進められるだろうとは観ているだろうなぁ。日本にとっては、今回のクーデターはかなりの痛手じゃないだろうか?
 今回のクーデターは、まったく国民の賛同を得られておらず、その後のデモに対する弾圧による死者も増え続けており、悲しく、腹が立つ。なんとか選挙結果を尊重した民主的な政権が誕生することを願うばかりだ。支援する方法すら思いつかないのが、自分で情けない。日本で署名活動とかやってないのかなぁ。

 

 

 

『ハリエット』(原題:Harriet)2019 アメリカ

 ハリエット・タブマンを元にした伝記映画。主演のシンシア・エリヴォを僕は知らなかったが、劇中歌はどれも素晴らしかった。
 アメリカの歴史は部分部分では学んでいるけど、なかなか系統だって学んだことがなく、20ドル紙幣の件で騒がれるまで、この人のことも知らなかった。奴隷として生まれ、自分の力でそこから脱出し、奴隷解放運動に従事したという、アメリカでは超有名人らしい。新20ドル札はトランプ前大統領の意向でストップしていたが、バイデン政権で実現する見込みのようだ。

 中南部の州から奴隷制廃止論が強まっていた自由州への奴隷の逃亡を支援したことで有名。地下鉄道の「車掌The conductors」となって70名以上の奴隷たちを連れて自由州やカナダまで逃げたというからすごい。13回もこの危険なミッションに従事したそうだ。
 のちに南北戦争でも斥候として活躍し、「the Combahee River Raid」というところでは部隊を指揮して750名近い奴隷を北軍側に保護したという。

 さて、映画そのものは時間的な制約もあるからだろうし、かなり史実に忠実であろうという意図からか、演出そのものはちょっと盛り上がりとか緊張感にかける部分が否めない。本人の自叙伝に出てくるセリフなんかを引用して構成していると思われるけど、奴隷時代のマスター、ギデオン・ブロデスとのやりとりなんかは「それでも夜は明ける12 Years a Slave)」なんかのドラマ性に比べるとかなり物足りない。ま、あまりに有名な人物の伝記映画であるから脚色が強すぎると炎上する可能性も大きいので仕方ないかなと思うなぁ。
 ただ、個人的にはジャネール・モネイ演じる誇り高き自由黒人女性マリー・ブキャノンが素晴らしかった。彼女の威厳に満ちた知性的な振る舞いはかっこいい。彼女が誇りを保ちながら殺されてしまう姿は涙を禁じ得ない。で、鑑賞後に知ったのだが、この人物はなんと実在の人物じゃないそうだ。いや、監督・脚本家、意外といい仕事してるやし!

 アメリカの歴史に詳しくてハリエット・タブマンについて知識のある人が観るには物足りないと思う。だけど、僕みたいに事前知識があまりなければ、いい勉強にはなるんじゃないかな。また、音楽はシンシア・エリヴォの歌声も含め素晴らしいです。そして、ジャネール・モネイ。もともとちょっと好きなシンガーだったが、役者としても好きになりました。というわけで、オススメです。

 蛇足だけど、近年のBLMにからめて少し。本作のようにアメリカにとって最も振り返りたくない奴隷制について描く作品が作られ、評価されているのは本当に素晴らしいことだと思う。日本で第二次大戦を「加害者としての日本」の視点から描くことが難しくなってきているのに比べると、アメリカのほうがまだ健全なのかなとも思う。
 BLMが現代に残る黒人差別、特に警察組織での白人至上主義の高まりに危機感を募らせるのはやむを得ないと思う。また、LGBTQやほかの人種差別や女性差別とも連携して、差別のない社会を作ろうという気持ちも、とても前向きなものだ。
 ただ、ポリティカルコレクトネスが極端に走りすぎて言論の自由に対して抑圧的になったり、エイブラハム・リンカーンの像を引き倒したり、はいかがなモノか? 香港の評論家がこれをさして「中国共産党文化大革命と同じじゃないか」と指摘していて、全くの同感だ。あきらかにやり過ぎだと思う。過去の差別への反省はもちろん必要だが、その過去から学ぶことで現代の差別をなくすことに注力すべきだと思う。
 だってさ、フェミニストからみたら、日本の偉人なんて儒教導入後から近代に至るまでほとんどみんな男性中心主義の女性差別しまくりの人ばっかりちがう? 女性たちがそれをみんなまともて引き倒したら世の男性陣はどう思うだろう?
 BLMも極端に走りすぎたら、世の穏健派、中道のひとたちの支持を失ってしまうと思う。
なんとかならんかね。

 

ハリエット (字幕版)

ハリエット (字幕版)

  • 発売日: 2020/11/06
  • メディア: Prime Video
 

 

サウンド・オブ・メタル  Sound of Metal 2019 America

素晴らしい作品だなと思った。これこそ映画だよねと。これが映画の力だなぁと。聴覚障害のない人間にとって、ろう者の世界はひどく縁遠く、想像するのが難しい世界だ。だけど、この作品は急激に聴覚を失った主人公ルーベンの視点から、見事にそれを描いている(と思う、経験したことのない世界だから断言はできないが)。
 主人公ルーベンは全身タトゥーだらけの元コカイン中毒のジャンキーだったが、キュートで心優しい恋人ルイーズとともにバンドを組んでワゴンで各地を旅している。早起きして、野菜のスムージーを飲み、筋トレを日課にするような健康的な生活だ。各地でライブして回るジプシーライフでもある。
 激しいドラムをたたき続けてきたせいか、ある日ほとんど突然聴力を失ってしまう。
急に聴覚を失ってしまう不安感が半端ない。薬局で薬を買ったり、病院に行けば治るだろうという甘い希望を持つのもごく自然だと思う。五感の一部を失うということのあまりにもクリティカルな衝撃に、ルーベンも耐えられない。結果、恋人ルイーズが探してくれたろう者のコミュニティを訪れ、少しずつろう者として生きるすべを学んでいく。ろう者シェルターの責任者・ジョーの演技も素晴らしい。この役者さんの両親がろう者だったそうで、その手話スキルはもちろん、作品に対する理解もそうとう深いものがあったろうことは想像に難くない。シェルターのほかのメンバーもほとんど実際のろう者が演じているらしく、食事シーンの手話で楽しそうに会話する姿は独特のリズムがあった「手話というのはひとつの言語体系、文化なんだなぁ」と実感させられる。この楽しい食事も、シェルターに来たばかりのルーベンにとっては違和感ありありなのだが、やがて自分も手話を覚えていくに従い、ともに楽しめるようになっていく。
 それでも聴覚を取り戻し、恋人ルイーズのもとへ、元の生活に戻りたいルーベンは車も音楽機材も売り払い、インプラント手術を受けにいく。インプラント手術というと、それが成功すれば聴覚が戻るのかと思うんだが、そうではないらしく、すべての雑音を拾ってしまう上に、高い音域のものはものすごくゆがんで聞こえるらしい。これは、耐えがたい。この作品ではそのルーベンが聞き取るであろう音声を人工的に再現しているわけだけど、本当にきつい。
ジョーがルーベンに語る言葉が素晴らしい。「ろうは治療すべきものじゃない」と語った上で、「But for me,those moments of stillness,that place,that's the kingdom of God. and that place will never abandon you」
 恋人ルイーズとの再会はほんとに泣ける。聴覚の喪失が二人をまったく別の世界の人間にしてしまったともいえるけど、本来なら出会うはずもなかった二人が出会って、お互いを救い、またそれぞれの道を歩む。説明的なセリフは排されているけど、二人のラブストーリーがすごく劇的で、奇跡的なものだったんだろうなと。
 本当にいい映画です。

Amazon.co.jp: サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~を観る | Prime Video

Star Trek: Lower Decks 2020 USA スタートレック:ローワー・デッキ

 すごい昔に「まんが宇宙大作戦」というアニメシリーズがあったらしいのだけど、観る機会に恵まれず、スタートレックのアニメ版はこれが初めて。なんで今まで、この手のコメディ・アニメがなかったんだろう?と観てから不思議になった次第。これほどの超人気シリーズで、いままでこういう試みがなかったほうが考えてみると意外な気がする。
「Lower Decks」というのがいいよねぇ。ブリッジとワープコア(エンジンルーム)とバー・レストランと医務室ぐらいしかほとんど本編では出てこないわけだが、廊下のカプセル個室で寝泊まりしている下級スタッフの目線から描いているのが、いやほんとに楽しい。この視点設定の時点でぜんぜん子ども向けだけじゃないよね。本編に対するオマージュやらシニカルな台詞もちりばめられていて、ファンとしては楽しくてたまらない。「えらい連中は現地の農民のことなんか考えないんだよ」とか(笑)
 主人公のマリナー少尉は、女版カーク船長といった破天荒ぶりだし、サイボーグ化された同僚など、本編にも通じるテーマやエピソードをうまくギャグに織り込んでいて、きっちりスタートレックしているなぁと感心しました(笑) 本編をまったく未見の人にはちょっとつらいかもしれないけど、シリーズの基本設定を理解していれば、本当に面白いと思います。
 スタートレックシリーズについては、いまさらダイバーシティがどうこうとか言う必要もないけど、主人公を黒人女性にして、きっちりシリーズの思想哲学を尊重しているように思えて素晴らしいなと思います。
 いやとにかく単純に観てて楽しいっす。

 あと、作品自体には関係ないけど、アマゾンに文句を言いたい。せっかくのアニメーションで、簡単な英語表現が豊富なので、教材としても使えるように英語字幕もつけてほしかった。技術的には超簡単なはずなのに、なぜだ? アマゾンはこれだけビッグデータ集めておきながら、日本語圏での英語字幕に対するニーズを理解していないのだろうか? 不思議すぎるのだけど。YouTubeみたいに時々間違っててもいいから自動翻訳でもいいんだけどな、、、。

 

 

時間厳守命令

時間厳守命令

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あの夜、マイアミで One Night in Miami 2020年 USA

「2013年に初演された舞台劇『One Night in Miami』を原作としている。
~1964年2月、プロボクサーのカシアス・クレイ(後にモハメド・アリと改名)はヘビー級の世界王者となった。そんなカシアスを祝うために、友人たち(マルコムX、ジム・ブラウン、サム・クック)はマイアミに集まった。4人は純粋に酒を楽しむつもりだったが、話題が公民権運動に及ぶにつれ、「自分たちは差別に苦しむ同胞たちに何ができるのか、また、何をすべきなのか」という問題に向き合っていく。
 本作はアメリカ文化史に大きな足跡を残した4人による架空の対話を通して、今もなお根深く残る黒人差別の問題を描き出す。」
 Wikipediaからコピペ。
 最初に書いておくと、これ、史実じゃなくて、完全なフィクションですので、お間違いなく。
さて、BLMが爆発した2020年に作られたアマゾン・オリジナル作品。先日GoogleYouTubeオリジナルで製作したドキュメンタリーというか特集番組を観たところだったが、アマゾンもBLMにはかなり強くコミットしていることを感じさせてくれる作品だ。

 さて、完全なフィクションなので実際にマイアミで4人が会った事実もないし、時間軸もかなりいい加減に作っているらしい。60年代のアメリカについてはそんなに詳しくないので、メインキャストの一人、ジム・ブラウンのことをぼくは知らなかった。だけどまぁフィクションなので、4人がそれぞれ「社会活動家(政治家)」「ミュージシャン&ビジネスマン」「スポーツスター→ムービースター」「これからのスポーツスター&社会活動家」というような役割分担で対話劇が進んでいくと。この4人が代表する「影響力のある黒人」というのは現代でもそれほど大きくは変わっていないかもしれない。もちろんオバマ大統領を経た今と1964当時を同じように考えることはできないけど、相変わらず黒人たちのポップアイコンはミュージシャンやスポーツスターであり続けている。現代が問題を複雑にしているのは、80年代以降、国や人種にかかわらず、グローバリゼーションが進み、貧富の格差が拡大していることだろう。トランピストたちが叫ぶように「白人の命や生活も大切だ」と。トランプの掲げた「アメリカ・ファースト」のアメリカに黒人たちやマイノリティたちは含まれていたのだろうか?
 本作の冒頭でサム・クックも、ジム・ブラウンもカシアス・クレイも白人とのかかわりの中で差別的な対応や言葉で嫌な思いをするわけだが、特にジム・ブラウンが(おそらくかって彼の先祖が奴隷として奉仕していた)故郷の白人の老人を訪ねるも家の中に入れてもらえないのが衝撃的だ。この白人の孫娘は彼のビッグファンで、この白人老人も「君はこの町のヒーローだ。できることはなんでもやるよ」と言っておきながら、、、。マルコムXは叫ぶ「Our People are dying every day」。2020年でも問題はまったく解決していないらしい。
 
 2020年のBLMは、日本では新型コロナのニュースに覆いつぶされ、アメリカのニュースの中でもトランプがどうしたというニュースに押され、さらにはAntifaというレッテルを貼られて「一部のリベラルが騒いでる暴力的ないかがわしい連中」と見做されてきたように思う。おそらくは中国にたいして攻撃的なスタンスをとるトランプを支持することからQアノンのような陰謀説まで流布する始末で、「トランプ時代=フェイクニュースの時代=ポスト真実の時代」を輸入してしまったように思う。
 YoutubeのBLMに関する特番にせよ、この作品にせよ、僕たち日本人が考えている以上にBLMはビッグマターなんだなと。大坂直美さんがUSオープンで示した態度というのをもう少し深く理解する必要があると思う。なんだかんだいってもアメリカは日本にとって最も重要な同盟国?であり、バイデン大統領が、カマラ・ハリス副大統領が誕生した今、民主党政権を支えるブラックパワーやマイノリティの政治的な意向、Z世代の思いについてもっともっと理解する必要があるはずだ。
 いち映画作品としても十分面白いと思うけど、今だからこそよりいっそう観る価値のある作品だと思う。

 

あの夜、マイアミで

あの夜、マイアミで

  • 発売日: 2021/01/15
  • メディア: Prime Video
 

 

特捜部Q カルテ番号64   2018 デンマーク

 デンマークの刑事モノ・サスペンスということで物珍しさから視聴。北欧の映画はなかなか見る機会がなくて、スウェーデンベルイマンとか、フィンランドアキ・カウリスマキなんかは若い時に好きで、ちょこちょこ見ていたけど、デンマークとなるとラース・フォン・トリアーの実験的な作品しか見ていなくて、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」観ながら、暗いな、と思った記憶がある。

 さて、この特捜部Q、アマゾンプライムに第二作から本作まで3本が上がっていたので、暇を見つけて観てきたのだけど、3本の中ではこの「カルテ番号64」が一番の出来だと思う。
 食卓を囲む3体のミイラ、というショッキングなイントロから始まる本作だが、とても社会的な作品で、高福祉高負担国家として知られ、国民の1人当たりGDPも高く、幸福度報告で1位となるなど、いわゆる北欧モデルとして世界中に知られるデンマーク、なわけだが、この作品ではその暗部が描かれる。
 主犯格が語る「寒い冬」理論は、社会進化論のいびつな応用で、ナチス優生学と同じ根を持つものだ。日本での優生保護法ハンセン病患者に対する不妊手術は近年に至るまで続けられ、法的には1996年になってようやく「優生条項」が削除された歴史がある。
 また、いわゆる左派と呼ばれる人たちが主張する『自分たちの』社会の自由や公平や平等、高度な福祉の実現は、必ず「どこまでが自分たちか」という線引きをはらんでいて、結果、外部のものを排除することになる。
 デンマークではその高福祉を実現した民主主義社会を守るために、厳格な移民制限が敷かれてきた。特にアラブの春以降の中東情勢の悪化による移民の流入にはかなり神経質になっていて、無人島に移民収容施設を建設するなど、世界から非難されているほどだ。
 本作に登場するアサドはシリア系移民という設定だが、ちなみに演じているのはレバノンスウェーデン人のファレス・ファレスという役者さん。レバノンにはキリスト教徒も多いのだが、彼はどちらだろう?
 デンマークの移民政策や世論から考えると、本作でのアサドたち移民の描き方はそうとうに論争になったんじゃないだろうか? 
 そしてまた、40年ほど前に実際にあったという「不良少女たち」の収容施設。同じような形でカトリックの国アイルランドで行われていた修道女施設という名をかりた監獄のような生活を描いた『マグダレンの祈り』、『あなたを抱きしめる日まで』(Philomena)という名作映画があって、プロテスタントの国デンマークでも同じようなことが、また少しだけ違ったロジックに基づいて行われていたんだなぁと。
 40年前の堕胎手術・強制不妊手術の被害者と、現代の被害者が結び付き、そこに連綿と続く犯罪を暴いていくという、すばらしい脚本になっている。
 復習者となった40年前の被害者が主人公カールと話し合う場面が感動的だ。無神論者で、PTSDを患い、普通の人間関係の構築すらできないカールが、彼女の思いを理解し、逮捕しようともせず、ヒヨスで酔っ払いながら(ぼくはこのヒヨスを知らなくてググっちゃいました。試したみたい(笑))もアサドを助けるためにまたまた暴走する。カールのキャラ、やっぱ面白いんだよなぁ。ハリウッド映画じゃあまり、ヒーローにはなりにくいキャラだと思う。シャーロック・ホームズとも違うし。

 刑事ものとしては、警察組織の描き方とか捜査方法とか「ご都合主義」と批判されるのはわかる部分もあるけど、単純にそういう見方をする作品じゃないと思えば許せるんじゃないかな。日本でみられる貴重なデンマークのエンターテインメント作品と思えば星4つはつけられるかな。
 面白かったです。

 追記)ついでにシリーズ2作目「キジ殺し」について
 すごく陰鬱な作品で、犯罪者となる悪役側の人間たちがまったく自分と同世代という点でも、なんか複雑な気分でした。ある種のサイコキラーもの、ともいえるし、90年代のタランティーノとかナチュラルボーンキラーズ的な暴力や殺人を楽しんでしまう感覚が犯人たちにあり、後味は悪い。
 ティーンエイジャー、学生時代のシーンは陽光降り注ぐデンマークの夏を主体に描かれ、どん底まで落ちたキミーを追う現代は寒く暗い冬のシーンとして描かれる。北欧の映画を見るときにいつも思うのは、夏はとっても貴重で、暗く長い冬が当たり前の生活という点。うつ病の人が多いというのは俗説だろうか?
 追記2)シリーズ3作目「Pからのメッセージ」
 この作品もけっこう面白かった。純粋に悪役が強いと面白いではある。警察側が間抜けすぎるという批判はもちろんわかるし、犯人が「ハンニバル」レスター教授みたいなスーパーな強さなのもリアルな刑事ものを求める人はつらいかも。捜査の過程もかなり雑だからなぁ。
 とはいえ、この悪役が代表しているのは「悪魔・デビル・イービル」であり、それがキリスト教の世界では「自由」と近しいものとして存在しているという点を考えるとかなり面白い。簡単に言ってしまえば、彼は「ダークナイト」のジョーカーなのだ。町山智弘さんが解説している「ダークナイト」で悪と自由について詳しく語っているのだけれど、キリスト教・悪・自由といえば北欧にはベルイマンという映画監督がいる。若い頃にたいしてわかりもせずに見ていたのだけれど、見返してみたいなぁ。
 徹底した無神論者であるカールは、それゆえにアサドに対する差別も嫌悪感もないが、依って立つべき精神的な支柱もない。ラストシーンで問われているのはいったいなんだったろう? なぜカールは子供たちを救うために危険を冒せるのだろう?
 これもかなりいい作品だったと思います。

 

特捜部Q カルテ番号64(字幕版)

特捜部Q カルテ番号64(字幕版)

  • 発売日: 2019/05/08
  • メディア: Prime Video