『ハリエット』(原題:Harriet)2019 アメリカ
ハリエット・タブマンを元にした伝記映画。主演のシンシア・エリヴォを僕は知らなかったが、劇中歌はどれも素晴らしかった。
アメリカの歴史は部分部分では学んでいるけど、なかなか系統だって学んだことがなく、20ドル紙幣の件で騒がれるまで、この人のことも知らなかった。奴隷として生まれ、自分の力でそこから脱出し、奴隷解放運動に従事したという、アメリカでは超有名人らしい。新20ドル札はトランプ前大統領の意向でストップしていたが、バイデン政権で実現する見込みのようだ。
中南部の州から奴隷制廃止論が強まっていた自由州への奴隷の逃亡を支援したことで有名。地下鉄道の「車掌The conductors」となって70名以上の奴隷たちを連れて自由州やカナダまで逃げたというからすごい。13回もこの危険なミッションに従事したそうだ。
のちに南北戦争でも斥候として活躍し、「the Combahee River Raid」というところでは部隊を指揮して750名近い奴隷を北軍側に保護したという。
さて、映画そのものは時間的な制約もあるからだろうし、かなり史実に忠実であろうという意図からか、演出そのものはちょっと盛り上がりとか緊張感にかける部分が否めない。本人の自叙伝に出てくるセリフなんかを引用して構成していると思われるけど、奴隷時代のマスター、ギデオン・ブロデスとのやりとりなんかは「それでも夜は明ける(12 Years a Slave)」なんかのドラマ性に比べるとかなり物足りない。ま、あまりに有名な人物の伝記映画であるから脚色が強すぎると炎上する可能性も大きいので仕方ないかなと思うなぁ。
ただ、個人的にはジャネール・モネイ演じる誇り高き自由黒人女性マリー・ブキャノンが素晴らしかった。彼女の威厳に満ちた知性的な振る舞いはかっこいい。彼女が誇りを保ちながら殺されてしまう姿は涙を禁じ得ない。で、鑑賞後に知ったのだが、この人物はなんと実在の人物じゃないそうだ。いや、監督・脚本家、意外といい仕事してるやし!
アメリカの歴史に詳しくてハリエット・タブマンについて知識のある人が観るには物足りないと思う。だけど、僕みたいに事前知識があまりなければ、いい勉強にはなるんじゃないかな。また、音楽はシンシア・エリヴォの歌声も含め素晴らしいです。そして、ジャネール・モネイ。もともとちょっと好きなシンガーだったが、役者としても好きになりました。というわけで、オススメです。
蛇足だけど、近年のBLMにからめて少し。本作のようにアメリカにとって最も振り返りたくない奴隷制について描く作品が作られ、評価されているのは本当に素晴らしいことだと思う。日本で第二次大戦を「加害者としての日本」の視点から描くことが難しくなってきているのに比べると、アメリカのほうがまだ健全なのかなとも思う。
BLMが現代に残る黒人差別、特に警察組織での白人至上主義の高まりに危機感を募らせるのはやむを得ないと思う。また、LGBTQやほかの人種差別や女性差別とも連携して、差別のない社会を作ろうという気持ちも、とても前向きなものだ。
ただ、ポリティカルコレクトネスが極端に走りすぎて言論の自由に対して抑圧的になったり、エイブラハム・リンカーンの像を引き倒したり、はいかがなモノか? 香港の評論家がこれをさして「中国共産党の文化大革命と同じじゃないか」と指摘していて、全くの同感だ。あきらかにやり過ぎだと思う。過去の差別への反省はもちろん必要だが、その過去から学ぶことで現代の差別をなくすことに注力すべきだと思う。
だってさ、フェミニストからみたら、日本の偉人なんて儒教導入後から近代に至るまでほとんどみんな男性中心主義の女性差別しまくりの人ばっかりちがう? 女性たちがそれをみんなまともて引き倒したら世の男性陣はどう思うだろう?
BLMも極端に走りすぎたら、世の穏健派、中道のひとたちの支持を失ってしまうと思う。
なんとかならんかね。