「一帯一路」時代のASEAN――中国傾斜のなかで分裂・分断に向かうのか 出版社 : 明石書店 発売日 : 2020/1/31
「一帯一路」の音楽会。笑えるけど、怖ぇーよ!
ASEAN諸国がどんどん中国の経済圏に取り込まれている、というのは日々のニュースからも知っているし、「一帯一路」が中国の経済面のみならず、軍事面でも重要な戦略を担っていることも知ってはいる。
本作は8人の専門家による分析が2019年までのデータをもとに披露されていて、出版が2020年1月20日、よって新型コロナによる様々な影響が始まる直前に出版されたことになる。
構成として二部に分かれており、1部が米中対立の中のASEANといういわば総論、2部が各国の(その時点での)最新状況といった内容だ。
地政学的な分析や、政治学としての制度論・枠組みの解説などは素人には若干退屈に感じてしまう部分もあるけど、統計やデータに立脚したファクトに基づいて書かれているので読み応えは十分だ。結論から言ってしまうと、日々ニュースから感じていた冒頭の認識「どんどん中国の経済的、政治的影響下に取り込まれている」となってしまう。
第一部のASEAN全体の問題でいえば、米中対立のなかでの立ち位置、特に南沙諸島への中国の強硬な態度に対する温度差などによるASEAN内部の分裂によって、ASEANとしての主体性が徐々に失われつつあるという点だろう。
国連はロシアと中国の存在のせいで、ほとんど何も実効的には機能しない国際機関に成り下がってしまったが、ASEANも徐々に地域の安定に寄与できなくなっていく可能性が高い。日本人として心配になるのは、アメリカのバイデン政権が民主主義の価値を強調して、中国共産党の一党独裁と対立を深める中、多くのASEAN諸国で民主主義が後退していることだ。カンボジア、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、そしてミャンマー。経済発展の段階として、いわゆる開発独裁が有効に機能する可能性が高い国ほど民主主義が後退してしまう危険性が高く、しかも中国の一帯一路と親和性が高い。発電所や港湾、高速道路など大規模なインフラ開発がその典型で、民主主義の手続きより独裁的な手法がよりスピーディに進められてしまう。
この本のおかげで、近年の日本政府が思っていたよりASEANに対する働きかけを頑張ってきたことがわかったのだけれど、残念ながら中国の圧倒的なプレゼンスの前ではうまくいっているとは言いがたい。話題の「自由で開かれたインド太平洋」や様々な自由貿易協定がうまく功を奏すればいいのだけど。
第二部ではカンボジア・ラオス、ベトナム、マレーシア、東ティモールと取り上げられているが、一番注目したのはミャンマーだ。コロナ以前、もちろんクーデター以前の状況をもとに分析がなされている。注目すべき点を列挙。
1.1980年代後半まで、中国はミャンマー国内の「ビルマ共産党」を支援して当時のミャンマー国軍と対立しており、その関係は極めて険悪だった。
2.1988年、ミャンマーの軍事政権が誕生後、西側諸国の制裁が始まり、中国と軍事政権が接近した。
3.軍事政権は中国への依存を深め、貿易額も投資額も増加したが、ミャンマー国内の経済は上向かなかった。天然ガス、木材、翡翠などの資源を中国に切り売りするばかりで、国営企業への重工業への投資などは時代錯誤でうまくいかず、中国への債務は膨れ上がった。(この間の軍事政権と中国の癒着はそうとうのものだったろうなぁ。)
4.2011年の民政移管後、新政権NLDは中国と距離をとり、西側諸国の投資を呼び込むようになった。しかし、軍事政権時代に建設された中国への天然ガスのパイプラインが稼働し、対中輸出は劇的に増加した。
5.ロヒンギャ問題が勃発。西側諸国がNLDを非難することで、内政不干渉を標榜する中国への接近を許してしまい、再度、中国への依存を深めつつある。
6.日本が官民挙げて支援する「ティラワSEZ」の開発が急ピッチで進み、日本企業が54社進出している(中国はわずか1社)2020年6月時点。
こうみてくると、今回のクーデターに中国がどれくらい関与しているかはわからないけど、どちらに転んでも中国としてはダメージは少なそうだ。たぶん、軍事政権の方が、より独占的に有利にことを進められるだろうとは観ているだろうなぁ。日本にとっては、今回のクーデターはかなりの痛手じゃないだろうか?
今回のクーデターは、まったく国民の賛同を得られておらず、その後のデモに対する弾圧による死者も増え続けており、悲しく、腹が立つ。なんとか選挙結果を尊重した民主的な政権が誕生することを願うばかりだ。支援する方法すら思いつかないのが、自分で情けない。日本で署名活動とかやってないのかなぁ。