石垣島から所想所説、徒然なるままに

沖縄・石垣島の話題を中心に、石垣島から見えること、思うことを徒然に。好きな映画のレビューや、自分が難儀しているアトピーの話題なんかも。

「路 」吉田 修一 (著) 2012年

 吉田修一さんは好きな作家だ。特に初期の作品が好きだ。「最後の息子」「熱帯魚」「ランドマーク」「7月24日通り」「パーク・ライフ」「日曜日たち」「東京湾景」「女たちは二度遊ぶ」「初恋温泉」「キャンセルされた街の案内」などなど。中でも衝撃を受けたのはやはり「パレード」だった。
 ぼくは東京に住んだことはないのだけれど、著者が描く20代前後ぐらいの空気感、微妙な疎外感、ヒトとヒトとの近くもない遠くもない奇妙な距離感、、、。自分の20代後半とちょうど重なって読んできたので、読んでいてキツくなるぐらい心に刺さるモノがあった。「悪人」にいたっては、自分もいつ犯罪者になるかわからんなぁと思ったものだ。90年代後半から2000年代にかけての時代の空気をとてもしっかり捉えた作品群だと思う。また、ときどき著者の故郷である長崎が舞台になるのだけど、自分は長崎に親戚があるので、血縁と土地勘があるのでとても楽しめる。
 ただ、今作は台湾での高速鉄道の導入という歴史的事実を背景に描かれる「取材もの」とも呼べる内容で、2009年に連載が始まり、単行本の出版が2012年。台湾の「高鉄」開業は2007年。執筆当時はまだまだ「熱い」素材だったと思う。
 著者がやっぱり非凡だな、と思うのは戦前戦中に台湾で生まれた日本人いわゆる「湾生」を登場させたり、95年の「阪神淡路大震災」と99年の「921大地震」を物語に見事に溶け込ませるあたりだ。敗戦後の日本人引き上げや2つの地震については、あくまでも背景として描かれるだけだが、どちらも登場人物たちの心に鋭く刺さっている。大河ドラマのように多くの人物が登場するのだが、そのいずれもが陰影をもった人間として描かれているのがこの作家のすごいところ。
 ただ本作の凄みはやっぱりその構成力だろう。「高鉄」開業にむけて進む時間軸の中で、活き活きとした登場人物たちを見事に絡ませ、それぞれのゴールに向かっていく。
 ぼくは初期の作品から、この作家さんの感性の鋭さや表現力の見事さを特に感じていたので(特に短編集で)、本作のように緻密な構成力には驚かされた。とても計算された作品だと思う。
 あえて欠点をあげるとすれば、台湾人の登場人物たちがいささか理想化されている、というか単純に「いい人」すぎないかなと。安西の恋人になるユキには、特にそんな印象をもった。
 いずれにせよ、本作には「悪人」は登場しない。のちにNHKと台湾の公共放送PTSの合作でドラマが制作されている。まぁNHK向きの内容だとは思う。ちなみにドラマは未見。番宣とかをちらっと観たが、かなり改編されているようで、ちょっと違和感があった。

 それにしても毎年のように行っていた台湾にコロナのせいで行けていない。作中に美味しそうな台湾小吃がいっぱい出てくるので、切なくなる。早く台湾に行きたいなぁ(泣)