石垣島から所想所説、徒然なるままに

沖縄・石垣島の話題を中心に、石垣島から見えること、思うことを徒然に。好きな映画のレビューや、自分が難儀しているアトピーの話題なんかも。

One Child Nation 2019年アメリカ

 監督は王男栿という中国出身の女性。作品中で実際に故郷を訪ねてあるく本人だ。「男栿」という名前は女性っぽくないが、親が「男のようにたくましく」という意味を込めて命名したらしい。この名前も本作のテーマである「一人っ子政策」が中国社会に与えた影響を物語っている。中国では儒教の伝統から、生まれてくる子どもは常に男児が望まれた。ひとりっ子ではなおさらだ。
 この作品を中国で無事に撮影できたことは奇跡に近いと思う。「一人っ子政策」がもたらしたリアルを、故郷の家族親族、村の人たちの証言によって過去に遡って描いていく傑作だ。

 監督の経歴がとても興味深い。1985年、江西省の田舎に生まれ(後述するが江西省自体が中国の中でももっとも貧しい地域の一つだ)、12歳のときに父を失っている。そのため、高校へ進むことができなかったようだ。代わりに職業訓練校のようなところを出て、小学校の先生をやっていたらしい。その後、働きながら地域の大学で英文学を学び、のちに上海大学の奨学金を得て、卒業。そこからどうやったのかはわからないんだが、オハイオ大学でコミュニケーション学を、ニューヨーク大学のジャーナリズムスクールで学位を取得。
 2016年「Hooligan Sparrow」というドキュメンタリーを作る。中国でフェミニズム運動を展開し、性産業で働く女性たちの権利を擁護する運動をしているアクティビストについての作品。アクティビストの名は葉海燕(1975年9月-),ネットネームが流氓燕、流氓燕の英語訳がHooligan Sparrowだ。自分はまだ未見、これから見てみたいと思う。

 そしてこの作品は2019年に発表されている。2017年に子どもを授かった彼女が故郷に戻り、80年代の一人っ子政策「計劃生育」の時期について訪ね歩く。内容は衝撃的といってよく、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思うので、詳述はさける。
 ただ自分は2010年頃、この作品の舞台となっている江西省に1年間住んでいた。といっても、田舎の大学で中国語を学んでいただけなので、学校内での生活がほとんどで、それほど現地の様子を理解できたとは言いがたい。それでも見聞きする範囲で感じたのは、貧しい農村が多く、上海や深圳と同じ国とは思えないエリアということだった。
 そして、見たことがあるのだ。ゴミの山の中に裸で住んでいる子どもらしき姿を。丸裸、ぼさぼさの髪、痩せていて、こちらを見ている目には知性が感じられなかった。おそらく生まれたときから、少なくとも生まれてすぐにホームレスになっていたんだろうと思う。二度見かけてことがあり、後に近づいてしっかりみてみようと、もう一度探しに行ったんだが、見つけられなかった。ぼくのいた街には未だに「計画生育」と書かれた壁も残っていた。現地の学生から兄弟が生まれたとき、親は罰金を払ったんだ、という話も聞いたことがあった。ゴミの山に住んでいた子も、望まれずに生まれてしまったか、罰金を恐れて捨てられた子だったんじゃないだろうか?
 中国には2年間滞在したけど、この作品で描かれているような「一人っ子政策」の実態をきちんと聞くことはなかった。けれど、ふだん中国人はうかつには政府批判の言説をしないけど「一人っ子政策」については、批判、というより恨み節に近い愚痴を聞くことはあった。つくづく思うのだけど、1945年以降、いわゆる戦後という時代に、日本人と中国人はぜんぜん違う体験を通ってきたのだと。敗戦後すぐの飢餓、高度成長、バブル、そして失われた30年。日本もそれなりにいろいろあったわけだけど、中国の庶民に比べるとずっと良い生活をしてきたと思う。国共内戦大躍進政策による大飢饉、文化大革命一人っ子政策。改革開放がはじまって、ようやく豊かな生活に向けて邁進し、かなり多くの人がそれを手に入れた今日。同時代に生きていると思っていた相手がまったく違う風景の中に生きてきたんだと知ったとき、その余りの違いにおののいてしまう。

 江西省も広いので、作品の舞台となっている村は、作中からは見つけきれなかった。だが、おそらく自分が見てきた江西省の農村の様子とそれほど違わないと思う。本当についつい最近までものすごく貧しかったのだ。
この女性監督は、その村から、貧困の中からアメリカまでたどり着き、この作品を含む優れたドキュメンタリーであのマッカーサー・フェローを獲得している。驚くべき強い精神の持ち主だと思う。成人したあとに、農村から都市に出て学位を得る、さらにはアメリカにまで行ってしまうというのがどんなに困難なことかはこのドキュメンタリーを見てほしい「出路 (Education, Education)  为什么贫穷?」https://www.youtube.com/watch?v=48NkRFyGHMo&list=LL&index=114
2012年の作品なので、本作の監督・王男栿が中国からアメリカに渡るぐらいの時期にあたるんじゃないかと思う。
 中国はあまりに大きい。等身大のその姿をきちんと見つめることがとても難しい。中共による独裁政権という厄介な隣人だが、付き合わないわけにもいかない。過大評価も過小評価も避け、きちんと理解しなければ。

 いまだ江西省に住む監督の両親のもとでは、この作品以降、共産党の監視が行われているようだ。貴重な中国生まれのドキュメンタリー作家だと思うので、なんとか無事に活躍を続けてほしい。
 新作「In The Same Breath(共呼吸)」が2021年1月に発表されている。HBOで製作されていて、日本ではまだ見られなさそう(2022年2月3日時点)。早く観たいぞ。