『フェアウェル』(The Farewell 別告訴她) 2019年アメリカ
監督は王子逸(英語:Lulu Wang)、主演はオークワフィナ「クレイジーリッチ エイジアン」で印象的なヒロインの友人を演じていた女優・ラッパーさん。
アメリカで生まれ育った中国系アメリカ人のヒロイン・ビリーが、父方の祖母が末期がんであるとことを知り、中国まで会いに行く。
実はビリー本人にとっても、物書きとしてやっていくためにどうしてもほしかったグッゲンハイム・フェロー(助成金)に落選して落胆し、ばあちゃんに会いに行きたかったのだ。
中国では末期がんの本人への告知はあまりしないらしい。
祖母にとって長男である叔父が告知をしないことを決めるが、その叔父の長男が中国で結婚式をあげる、という名目で家族が祖母に会いに集まってくる。
叔父は日本で長く仕事をしていて、今から結婚する長男も中国語はたどたどしく、そのフィアンセも日本人。
一方、中国でずっと暮らし、金儲けにせっせと励む叔母夫婦。ヒロイン・ビリーの両親は中国よりもアメリカのほうがずっと好きなっていて、叔母夫婦と意見がかみ合わない。両親は自分たちを中国系アメリカ人だと自認している。いっぽう叔父も日本に長く暮らしているけれど、自分は中国人だ、と言い切り、ガンについても中国式に本人への告知はしないと。
ビリーはガンを告知しないのは不誠実じゃないのかと悩みつつ、祖母との残り少ない時間を慈しむ。祖母にガンについて気づかれないように皆が微妙な空気を抱えたままではあるが、無事に従兄弟の結婚式が行われ、みんなで楽しい時間を過ごす。
日本人のいわゆる「嫌中」意識は近年ずっと高まり続けていて、直近の調査で中国の印象を「良くない」「どちらかと言えばよくない」が90・9%。ぼくは日本の「嫌中」感情のもっとも大きな理由は日本の衰退と、それに反比例するかのような中国の強大化にあると思っている。ずっと自分たちより遅れた国とみなしてきた中国が日本より先にいくこと、強大であることが受け入れがたいのだろう。停滞したままの日本の現状への鬱屈が背景にあると思う。それに加えて習近平が皇帝への道を突き進む近年の拡張路線に不安と怒りを覚えているのも事実だろう。ウイグルや香港での人権抑圧を真摯に受け止めて、権威主義と戦わねば、と思っている日本人はそんなに多くない気がする。
日本から観た中国が、こんな感じだとすると、僕が興味があるのは海外華人が今の中国へ向ける眼差しだ。欧米などで2世3世として生まれた華人がビジネスチャンスを求め中国へ向かっているケースも数多い。また、中国企業の世界中への進出を自らのチャンスに結びつけているひとも多い。一方で自由な表現を求めるクリエイターたちはどう観ているのか?
この作品でのビリーの両親ぐらいの世代だと、文化大革命を経験していたりする。中国共産党の恐ろしさ、権威主義の怖さを身にしみて知っている世代だ。そして海外で基本的人権を当たり前のモノだとして育った二世三世。彼らの眼差しとふるまいはこれからの中国と世界に大きな影響を与える気がする。
純粋に映画として評価するなら、派手なシーンがあるわけじゃないが、ストーリー展開のテンポも良く、同じように「中国人」「中華系」としてくくられる人たちにも、様々な立場と考え方があるということを知られて、いい作品だと思います。