『スリー・ビルボード』(原題: Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 2017年 アメリカ
監督がアイルランド・イギリス国籍というのが面白い。マーティン・マクドナー。もともと劇作家としてイギリスではスーパースターだったらしく、本作で映画監督としても名声を完全に確立した。
舞台は架空の田舎町であるミズーリ州エビング。 ティーンエイジャーの娘がレイプされた後に焼き殺されるという悲惨な目に遭った母親のミルドレッド・ヘイズは悲しみから立ち直れず、犯人の手掛かりを何一つ発見できない警察に不信感を抱くようになり、殺害現場の近くの道路沿いに立つ3枚の広告板(スリー・ビルボード)を借り受け、そこに「娘はレイプされて焼き殺された」「未だに犯人が捕まらない」「どうして、ウィロビー署長?」というメッセージを張り出した・・・。
ストーリーは狭いコミュニティで成り立っている田舎町の中で進行し、一見すると複雑な展開は見せない。ところが、ある種伝統的なというか理想的な「古き良き白人アメリカ人」を代表するかのようなウィロビー警察署長は住人からも敬愛される善人で、しかもガンで余命いくばくもない、という。署長に同情的な多くの住民から嫌がらせを受ける主人公ミルドレッド。
署長の部下のディクソンは人種差別主義者で暴力的でミソジニーという馬鹿な男はミルドレッドを脅す。(登場人物たちの心理を理解するには一定程度のアメリカ南部に対する理解が必要かも。)
ところがガンによる死期を悟った署長が自殺することで物語は一気に加速する。
ここからネタバレあり。
この作品の面白いところは、この後の展開は明らかに主人公がディクソンになっていることだ。もちろんミルドレッドと元夫や小人症のジェームズとのやりとりも描かれるが、ディクソンが炎の中で署長からの手紙を読み、そこから取る行動はまったく合理的ではないのに、すごく感動的で、どこか宗教的ですらある。
3枚の看板、焼き殺された娘、燃やされた看板に焼け落ちる警察署という3つの炎。自殺する署長が典型的な南部アメリカの敬虔なキリスト教徒であるなど、キリスト教をモチーフにしているのではないか、という点が多々あるのだが、自分の知識ではなかなか読み解けていないかも。
結局、ディクソンはゲイだったんだろうと思う。敬虔なキリスト教徒である署長が自死を選ぶなど信仰、差別、正義などがどんどん複雑に絡み合っていき、相反したり矛盾したりする登場人物たちの心の動き。ミルドレッドの広告を請け負った代理店経営者のレッド・ウェルビーが病院でみせる振る舞いが感動的だ。コップのストローの向きを変える、というこんな些細な動作にこれほど大きな意味を持たせてみせるのがこの映画のすごいところ。
役者たちの演技はすべて素晴らしく、映像も美しい。鑑賞後に気持ちがすっきりするような作品ではなく、なんとも複雑な余韻を残す。一見の価値ありだと思います。